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2023/07/07 特集記事

立浪竜の“ヌートバー”になれ!
卓越したセンスと熱き闘志

 バンテリンドーム ナゴヤのスタンドに、背番号「60」のユニホーム姿が増えた。特に女性ファンが目立つ。熱い視線が注がれているその男は、竜の新たな“リードオフマン”岡林勇希である。愛くるしい笑顔、しかしそれとは裏腹に、周囲をうならせる巧打と好守、そして気迫あふれるプレーの数々。そのギャップに、今、竜党だけでなく、多くのプロ野球ファンが魅了されている。

二刀流から始まった巧打者への道

 そのセンスは高校時代から注目されていた。三重県立菰野高校では「エースで4番」。大谷翔平が切り開いた投打の「二刀流」という道、実は岡林もプロ入りする時に、同じ“岐路”に立たされた。そして、岡林が選んだのは“打者”の道だった。この年のドラフト会議は、佐々木朗希や奥川恭伸といった超高校級の投手、そしてドラゴンズが1位指名した石川昂弥という豪打のスラッガーらがいた。岡林に与えられた背番号は「60」という大きな数字であり、必ずしも即戦力として期待されてはいなかった。しかし、岡林は1年目から力強い光を放つ。高校生離れした巧みなバットコントロール、投手として磨き上げた強肩を駆使した守備、そして、スピード感あふれる走塁、すべてが一級品の素材であった。ルーキーのシーズンに初スタメンも飾り,初ヒットも記録した。
 それは早春の沖縄だった。1軍キャンプ地の北谷町、日もすっかり沈み、夜の帳(とばり)が下りた中、球場横の屋内練習場の明かりが灯っていた。近づくと打球音が聞こえてきた。チームの練習時間はとっくに終了していたが、そこには、プロ2年目を迎えた岡林の姿があった。1期先輩である根尾昂と共に、ティーバッティングをくり返す。ボールを打ち、集めてはまた打ち、一心不乱な姿に感動すら覚えた。
 そして迎えた2021年シーズン、岡林は開幕1軍を勝ち取った。しかし、5試合だけの出場にとどまり2軍へ。それも代走が中心で、バットを持ったのはわずか1打席だけだった。なぜもっとチャンスをくれないのか。その時の悔しさが、岡林の闘志に火をつけたに違いない。2軍でヒットを量産して、シーズン終盤には再び1軍の舞台に戻ってきた。

最年少での最多安打タイトルに輝く

 岡林にとって、大きな飛躍の年となったのは3年目を迎えた2022年シーズン。ドラゴンズは新しい指揮官に「ミスター・ドラゴンズ」立浪和義を迎えた。評論家時代から立浪は、岡林の力を高く評価していて、新監督として迎える開幕からの戦力として期待していた。そんな開幕直前、岡林はオープン戦で右手の指を負傷、それは手術も考えなければならないほどの重いケガだった。しかし、岡林は痛めた指を固定して、読売ジャイアンツとの開幕戦に臨む。「2番・ライト」としてスタメンに抜擢されると、巨人のエース・菅野智之から同点打を放つなど、3安打の猛打賞を記録した。痛くないはずがない。それだけのケガだった。岡林は試合に出場して、ヒットを重ねることで、その試練を乗り越えたのだった。
 打撃の調子がペースダウンした時期もあった。しかし、シーズンを通して岡林のバットはヒットを打ち続け、気がつけば、安打数でリーグのトップを走っていた。ライバルと最多安打を争うプレッシャーの中、最終盤のゲームでも4安打を記録した。強靭な精神力だった。あの開幕戦を、ケガを理由に欠場していたら、おそらくタイトルを手にすることはなかったであろう。プロの道へ歩み出す時、投手か打者かの選択を迫られたのと同じように、それも岡林が立たされたもうひとつの“岐路”だった。自らが選び、そして信じた道を突き進んだ先に手にした栄冠。シーズン161安打、高卒3年目で最多安打のタイトルを獲得した。あのイチローさん以来の快挙だった。

 日本中を歓喜させたワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で、トップバッターとして世界一へ侍ジャパンをけん引したラーズ・ヌートバー。打って守って走って、チームに勢いをつけて勝利に導く。長きにわたる低迷からの逆襲をめざすドラゴンズにとって、その役割ができる選手こそが岡林勇希であろう。そんなファンの熱い期待を背番号「60」いっぱいに感じながら、岡林は今日も立浪竜のグラウンドで躍動を続ける。
(敬称略)

文=北辻利寿
CBCテレビ特別解説委員。中日ドラゴンズへの限りなき愛を胸にCBC(中部日本放送)に入社。落合博満の現役時代には報道局の“落合番記者”として活動。筋金入りのドラゴンズウォッチャーとして、現在はCBCラジオ『ドラ魂キング』への出演やWEBでの論説コラムを執筆中。著書に最新刊『屈辱と萌芽 立浪和義の143試合』(東京ニュース通信社刊)、『愛しのドラゴンズ!ファンとして歩んだ半世紀』(ゆいぽおと刊)


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