車いすテニス界のニューヒーロー
小田凱人(おだときと)
「これからの車いすテニスを引っ張ってくれ」。パラリンピックで3度金メダルを獲得したレジェンドの国枝慎吾さんが2023年1月に引退する際、そう言われて後を託された小田凱人選手。その期待に応え、2023年には世界四大大会の全仏オープンとウィンブルドンを制覇。さらに17歳で国際テニス連盟(ITF)の世界ランキングで1位となるなど、史上最年少記録を次々と塗り替える快進撃を見せている。その活躍ぶりは、まさに「車いすテニス界のニューヒーロー」と呼ぶにふさわしいものだ。今後のさらなる飛躍に期待がかかる。
伝統ある全仏オープンで
2つの偉業を同時に達成
2023年6月10日に行われた全仏オープンの決勝戦。小田凱人選手は2つの偉業に挑んでいた。史上最年少でのグランドスラム(四大大会)制覇と史上最年少での世界ランキング1位の達成だ。
対戦相手は世界ランキング1位(当時)のアルフィー・ヒューイット選手(イギリス)。それまで7度対戦し、1度しか勝ったことのない難敵だ。
接戦になることが予想されたが、この日の小田選手は絶好調。強力かつ正確なサーブで相手を崩し、攻撃の主導権を握るという狙い通りのテニスを完璧に展開し、ヒューイット選手を全く寄せ付けなかった。結果は6−1、6−4で小田選手の勝利。スタンディングオベーションで勝利を讃える多くの観衆にガッツポーズで応えた後、人目もはばからず涙を流し、優勝の感激に浸った。
17歳1カ月2日でのグランドスラム制覇は、テニスファンならお馴染みのマイケル・チャンが持つ17歳3カ月の最年少記録をも更新。車いすテニスだけではなく、広くテニス界にその名を残すことに。また、世界ランキングでは、20歳1カ月23日というヒューイット選手の持つ記録を大幅に縮め、新たな小田時代の到来を予感させる結果となった。
わずか9歳で骨肉腫を発症
弱音吐かず常に前向き
幼少の頃からサッカーが大好きだったという小田選手。小学1年生で入団したクラブでは、破壊力のあるキックを武器にゴールを量産し「将来はJリーガーになるのも夢ではない」と評されるほど、将来を嘱望されていたという。そんな小田選手に試練が訪れたのは小学3年生の春。左脚に激痛が走った。病院での診断結果は骨肉腫。骨にできるがんの一種だ。抗がん剤治療や腫瘍のある部分を摘出する手術などを行い、9カ月にも及ぶ入院生活を余儀なくされた。命に別条はなかったものの、大好きなサッカーは二度とできない体になっていた。
わずか9歳で過酷な運命を受け入れることになったが、医師や理学療法士など彼に関わった病院関係者は「弱音を吐くところを見たことがない」と口を揃えた。常に明るく前向きに、リハビリに取り組んでいたという。そんなある日、主治医の勧めでパラスポーツの体験会に参加することに。小田少年は競技用の車いすに乗ると、そのスピード感・爽快感の虜になり、次のように思ったそうだ。
「車いすに乗ってスポーツがしてみたい」
車いすバスケや車いすラグビーといった競技もある中、小田少年の心を動かしたのは車いすテニス。団体競技よりも個人競技の方が性に合っていると感じたからだ。退院後に車いすテニスをやると決意した小田少年は、それからの入院期間に貪るように車いすテニスの動画を見たという。国枝慎吾さんがロンドンパラリンピックで金メダルを獲得したシーンに感動し、「いつかは自分もパラリンピックで金メダルを獲りたい」と、退院したその日から車いすテニスの練習を始めた。
胸に抱く次なる野望は
車いすテニスをメジャーに
世界一の車いすテニスプレーヤーになると心に誓った小田少年は、その後、メキメキと頭角を現す。2018年、小学6年生で大人に混じって国内の大会に出場すると、その翌年には海外デビュー。2020年には、18歳以下の世界一を決める世界ジュニアマスターズを史上最年少の13歳8カ月25日で制覇する快挙を達成した。その後の快進撃は語らずとも想像に難くないだろう。急速に力を付けていき、あっという間に世界ナンバーワンの座に上り詰めた。
今年一番の目標は、パリパラリンピックでの金メダル獲得だ。1月の全豪オープンで初優勝を果たし、世界ランキング1位に返り咲くなど、目標達成に向けて弾みをつけた小田選手。「車いすテニスを盛り上げて、もっとメジャーなスポーツにしたい」と新たな夢を語るニューヒーローは、誰も到達したことのない高みを目指して、今日も挑み続ける。
PROFILE
小田凱人
おだ ときと。2006年5月生まれ。愛知県一宮市出身。小学3年生で骨肉腫を発症し、9カ月の入院生活を送る。退院後すぐに車いすテニスを始めると、左腕から繰り出す強力なサーブとストロークを武器に頭角を現し、世界ジュニアランキング1位、全仏オープン優勝、世界ランキング1位、ウィンブルドン優勝など、次々と史上最年少記録を塗り替えている。
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