名城大学女子駅伝部 密着レポートvol.5
走りを支える道を選んだマネージャーの挑戦

走れなくなった選手が、チームを走らせる
大学駅伝界の絶対王者である名城大学女子駅伝部に、新たな風が吹き込んだ。
今年4月、チームに加わった新戦力は8名。7名の選手と、そして、走らないけれど、走る者たちの誰よりも近くで伴走するマネージャー・武田悠華さんだ。

法学部1年の武田悠華さんは、名門・長野東高校出身。高校では、選手としてトラックを駆けながら、マネージャーとしての業務も担う「プレイングマネージャー」として活躍していた。そんな彼女が、完全に「支える側」へと舵を切る決断を迫られたのは、3年生の春。先天性の股関節形成不全が判明したのだ。武田さんは、夢の途中で走ることを断念せざるを得なくなった。
マネージャーとしてチームに残る提案に、武田さんはすぐには頷けなかったという。「走っていない自分が想像できませんでした。走れないのなら、もうきっぱり陸上を辞めるつもりでした」。
スポーツにおける「マネージャー」という言葉に、サポート役のイメージを持つ人も多いだろう。だが、武田さんが高校時代に務めた「主務」は、チーム全体を運営する立場のマネージャーだ。練習の段取り、大会のエントリー、スケジュール調整など、チームを動かす司令塔として、主務は文字通りマネジメントを担う存在だ。
「最初は、なかなか気持ちが向かない部分もあったんです。でも、自分で流れを組み立てられた瞬間に、やりがいと楽しさを感じるようになりました」そして、メダルを取ることを目標にしてきたチームメイトと過ごす日々の中で、少しずつ心も変わっていったという。「走れないなら、支えることで、勝たせてあげたい」。
2024年12月の全国高校駅伝。長野東高校は、全区間でトップ独走の完全勝利を飾った。支えるというもう一つの「走り方」に出会った武田さんは、名城大学女子駅伝部の頭脳として、新たな舞台に立っている。

米田式マネジメントに学ぶ日々
武田さんは、「主務としてチームに関わること」を前提に進学先を選んだ。「男子駅伝のマネージャーの道も考えました。でも、名城大学のマネージャーが卒業で抜けるという話を聞いて、ここで貢献したい、という気持ちになったんです。やるなら日本一です。日本一のマネージャーを目指すなら、名城大学しかないと思って門を叩きました」。
足を踏み入れた名城大学のマネージャー業務は、高校時代とはまるで異なっていた。選手数は倍以上、寮生活を共にしながらのチーム運営だ。「高校時代は、自分が全体を仕切って、流れをつくることができました。でも大学は一人ひとりの自主性を大事にする分、思い通りにいかない部分もあって、最初は戸惑いもありました」。
選手をどう動かすかではなく、どうしたら自然と動ける環境を作るか。武田さんの姿勢の変化には、チームを指導する米田監督の影響が大きい。「私の目標は米田先生なんです。自分の意見を押しつけるのではなく、選手に合わせて環境を整えていく米田先生の姿が、私の理想像です」。
実際、米田監督の指導は厳しい。選手だけでなく武田さんにも、問いかけと機会をもって「自分で考える」姿勢を育てさせる。「まだわからないことも多いけれど、頼られる存在になりたい。『悠華に任せれば大丈夫』って思ってもらえるようになりたいです」。

誰よりも早い朝と、誰よりも気を配る日々
武田さんの一日は、空が白み始める朝4時台からスタートする。食事面をサポートする名古屋学芸大学管理栄養学部の学生が組み立ててくれた献立に沿っての朝食作りだ。「最近のヒットは、豚しゃぶサラダですね」と、武田さんから笑みがこぼれる。
選手が「走る」という日常の裏には、武田さんの丁寧な準備と調整がある。練習中のタイム測定、体調確認、水分補給の補助。エントリー管理や外部とのやり取り、学校への書類提出など事務的な作業も膨大で、実務量も責任も想像を遥かに超えていたそう。「練習中が、意外と一番のんびりできる時間なんですよ」そう話す武田さんの一日は、次から次へと続くタスクで埋め尽くされている。

「大学のマネージャーって、外部とのやり取りが本当に多いんです。練習の補佐だけだと思われがちなんですけど、それ以上に裏方としての業務がメイン。主務として、全部を把握しておかないといけません。最初はそのギャップに驚きました」。
様々なタスクをこなしながら、全国レベルの大会に帯同し、出場選手たちの活躍を間近で支える武田さん。その舞台には、名城の選手だけでなく、他大学のトップアスリートや、外国からの招待選手の姿もある。
「いろんな大会に帯同できるだけでもありがたいんですけど、トップクラスの選手の走りを見られるのは、本当に貴重な経験です。自分の視野も広がりますし『このレベルを支えているんだ』という実感もあります。大会前日にマッサージをした選手が結果を出せたときは、自分が少し力になれたかなって、嬉しくなります」。

「悠華が私たちを走らせてくれる」チームメイトの思い
名城大学女子駅伝部という大所帯のなかで、既に確かな存在感を放っている武田さん。キャプテンの米澤奈々香選手が初めて武田さんに会ったのは、昨年の夏合宿。武田さんが高校3年生のときだ。
「すごくしっかりしている子だなって思ってたんです。だから、名城のマネージャーになってくれるって聞いたときも、全く不安はなかったです」実際に一緒に過ごすようになって、その予想は確信へと変わった。
「悠華は、マネージャーという役割を超えて、チームの雰囲気を明るくしてくれる存在なんです。名城の強さって、学年の壁を感じさせない絆にあると私は思います。悠華はまさにそれを体現しています」。

3年生の瀬木彩花選手も、夏合宿での武田さんの立ち居振る舞いに光るものを感じていたという。
「よく通る声でタイムを読み上げてくれたり、荷物をさりげなく持ってくれたり、声かけひとつにも気配りが感じられて『すごいな、この子』って思ったのを覚えています。今思えば、あの時から頭角を現していました」名城大学での練習や大会の現場でも、その印象は変わらない。
「こちらから『やってほしい』って言わなくても、自然に声をかけてくれるんです。だから私たちは走ることに集中できて、本当に助かっています。マネージャー業務って大変だと思うけど、悠華はいつも明るく振る舞ってくれて、逆に私たちが元気をもらってるくらいです」。

まだ1年生。けれども、武田さんは既に、選手たちが安心して背中を預けられ、時には緊張をふっと緩ませてくれる存在になっている。
米澤選手は、「悠華は意外と、女子大生をちゃんと楽しんでいるんですよ」と、笑いながら打ち明けてくれた。「長野東高校って、真面目でおとなしいイメージだったんですけど、話してみると、めちゃくちゃお喋りで、トークも面白くて、一緒にいて楽しいです」。
マネージャーとしての強い責任感と、年頃の女の子らしさ。そのバランスがチームの空気を柔らかく整え、笑顔にさせてくれるのだろう。米澤選手は続けて「責任感が強すぎるくらいに見えるときもあるから、あまり気負わずにいてほしいなと思います」と、温かな眼差しを向けている。

名城大学で、日本一のマネージャーになる
ただ一人のマネージャーとしてチームを預かっている武田さんが見ているのは「今」だけではない。その先にある、未来の姿について訊ねてみた。
「今は、コーチや監督にフォローしてもらってる部分が多くて、まだまだ完璧にはほど遠いです。いずれば、スタッフや選手が動かなくても、自分一人で全部まわせるようになりたいです。それが、私なりの『支える力』だと思っています」。
上級生からも頼られる存在になっている武田さんだが、決して満足はしていない。「名城大学の選手は、もちろん実力もあるけど、それ以上に自分の考えを持っている人ばかりです。そんな選手たちを支えられることが嬉しいし、刺激にもなっています。走らない道を選んだけど、それでもやっぱり陸上が好きなんです。だから、やれることは全部やりきって、日本一のマネージャーになってみせます!」

全国トップクラスの現場で積み上げる日々の経験は、確かな手応えを持って武田さんの芽を育てている。
「将来は、実業団のマネージャーなど、もっと高いレベルの陸上に携わっていきたいです。できれば、世界の陸上にも関わるような仕事がしたいですね」。
ゼッケンがなくとも、人は走り続けることができる。チームのために、そして自分自身の未来のために。武田さんは、それを証明してくれている。

PROFILE
武田悠華
たけだ ゆうか。2007年2月生まれ。長野県出身。長野東高等学校卒業後、「マネージャーとしてチームに関わること」を前提に名城大学に入学。日本一のマネージャーを目指して日々奮闘中。

PROFILE
米澤奈々香
よねざわ ななか。2004年2月生まれ。静岡県出身。仙台育英学園高等学校を卒業後、名城大学に入学。高校時代から数々の大舞台で活躍し、2023年のU20アジア陸上競技選手権大会では5000mで優勝、1500mでも3位と結果を残した。今年からキャプテンを務める。

PROFILE
瀬木彩花
せぎ あやか。2004年5月生まれ。岐阜県出身。美濃加茂高等学校を卒業後、名城大学に入学。全国高校駅伝で3年連続エース区間の1区を走るなど、駅伝部の未来を担う逸材の一人。現在、大学3年生。
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