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2025/06/16 特集記事

竜の主砲 その魅力とポテンシャル
細川成也

©中日ドラゴンズ

ベイスターズファンが語る
それでも成也を応援する理由

得点力不足に悩まされている今シーズンのドラゴンズ。ケガで離脱している細川成也選手の1日も早い復帰が待たれるところだ。

現役ドラフトでドラゴンズへやって来て、その才能を開花させた細川選手の魅力について、横浜DeNAベイスターズ時代、プロ入団当時を知るライターが熱く語る。

自分の道を切り開くひたむきな姿に
ファンは夢を託す

それは、彼が横浜DeNAベイスターズに入団した、はじめての春のことだった。

「ドラフト5位の細川成也ってのがすごいらしい」

そんな噂話を聞いて、じっとなんかしていられるわけがない。向かったのは、二軍キャンプ地の沖縄・嘉手納野球場。バッティングケージには、新人離れした体躯の18歳、成也が立っていた。

彼がスイングするたびに、打球がレフト後方の崖を軽々と越えていく。その打球の行方に、球場にいた誰もが目を奪われていた。乾いた音が響くたび、苦笑まじりのざわめきが起こる。

「こいつ、とんでもねえな……」

そんな声が聞こえた気がした。いや、それは、思わず漏れた自分の声だったのかもしれない。

あの場外弾には、未来が詰まっていた。そしてその片鱗が間もなく目の前に現れる。

2017年のシーズン最終盤。対ドラゴンズ戦でのプロ初打席。たしか、相手は笠原祥太郎投手だったと思う。とんでもない打球だった。横浜スタジアムのバックスクリーンに届く3ラン。ベイスターズ不動の4番、筒香嘉智選手の後を継ぐ、その未来が見えた瞬間だった。まっすぐな弾道も、大歓声も、いまだに脳裏に焼きついている。この先にどんな景色があるのか——とにかく、未来が見たくてたまらなかった。

成也は翌日もホームランを放ち、そのまま、19年ぶりに進出した日本シリーズ第2戦では「7番・DH」でスタメンを掴む。日本最高峰の舞台に立った高卒ルーキー。打った打たないなんて、もうどうでもよかった。あの場所に成也が立っていたというだけで、夢の続きが描けた。胸がいっぱいで、涙が止まらなかった。

だけど、そこからが長かった。

フォームを変え、バットを変え、悔しさを積み重ねても、一軍には定着できなかった。あの崖越えの打球を見ていた者からすれば、あまりに歯がゆい時間が続いた。ホームランは2年目以降3年連続で1本。5年目にはついにゼロになった。凡退してベンチに退く姿に「こんなもんじゃねえだろ」と、何度も叫んだ。やがて、最年少の4番候補は、いつしか“未完の大器”というロマン枠に収まりかけていた。

それでも、成也は言い訳をせず、静かに、ただ黙々とバットを振り続けていた。毎年キャンプを訪れるたび、最後の最後まで練習場に残っていたのは、成也だった。これで本物にならなかったら、神様なんていない。心から、そう思っていた。

それでも、横浜では花開かなかった。

2022年、現役ドラフト。成也が中日に移籍すると知ったとき、正直、少しホッとした自分がいた。ベイスターズでの起用を見ていても、かつて託された4番のスケールは、徐々にしぼんでいた。

「このまま終わってしまうんじゃないか」——そんな危機感の中で、ドラゴンズへの移籍は、彼にとっての最後のチャンスに思えた。

結果は、すぐに出た。移籍1年目でレギュラーをつかみ、24本塁打。その飛距離は、広いバンテリンドーム ナゴヤでも何の問題もなかった。あの場外弾を知る者として、「ほら見ろ、言っただろ」と近所に言って回りたい気分だった。

成也みたいな選手が活躍しないとウソだよ。彼の魅力は、ホームランだけじゃない。あの実直さ、愚直なまでのひたむきさ。迷っても、腐らず、真っ直ぐ前を向いて自分の道を切り開いていく。努力は本来、目に見えない。けれど成也は、それを打球にして飛ばせる男だ。だから敵チームでも、つい打席を見てしまう。ドラゴンズの中田翔選手へインタビューした時「成也の飛距離は12球団でも屈指」と聞くと激しく同意した。

あのとき託した夢は、今、違うユニフォームの中で叶えられつつある。でも、うれしいのだ。ドラゴンズファンが、成也をこれほど愛してくれているのだから。表立っては言わない。けれど、この『aispo!』は神奈川では配布していないらしいから、ここでだけ正直に書いておく。神奈川で生まれ育って50年。頭の先からつま先まで、ベイスターズの青に染まった人間の心の中には、ほんの少し、ドラゴンズブルーがある。

そんな人間が、横浜のあたりにはきっとたくさんいる。声に出さず、ただ見守っている自分と同じような人間が。

「成也でダメならしょうがない」

そんな存在に、ようやくなってくれた。だけど、まだまだいける。成也のポテンシャルは、こんなもんじゃない。2025年3月、ついに侍ジャパン初選出。いつか本物の日本の4番として、世界のド肝を抜く打球を放ってくれる。そのときにはきっと、私はこう言うだろう。「ルーキーイヤーの嘉手納で、場外弾を見たんだぜ」って。

そんな日は、きっと来る。だけど、おおっぴらに書くのは、これが最後になるだろう。

でも、いつだって、ずっと——。

成也が描く弾道と、夢の続きを。横浜の空の下から、今日もこっそりと、見守っている。

©中日ドラゴンズ


<プロフィール>
細川成也
ほそかわ せいや。1998年8月生まれ。神奈川県出身。小学3年生の時に野球を始める。 明秀学園日立高等学校(茨城県)入学後、投手と打者の二刀流で活躍し注目を集めたが、甲子園出場はならなかった。2016年度のドラフト会議で横浜DeNAベイスターズから5位指名を受けて入団。2022年のオフにプロ野球で初めて実施された現役ドラフトで中日ドラゴンズへ移籍。本塁打24本を放ち主力打者として活躍。今に至る。

<著者プロフィール>
村瀬秀信
むらせ ひでのぶ。1975年、神奈川県茅ヶ崎市生まれのノンフィクション作家。 全国各地を放浪した後、2000年からスポーツ、カルチャー、食などをテーマに執筆活動を始める。大の横浜DeNAベイスターズファンとしても知られ、プロ野球関連イベントの司会、パネリストとしても出演多数。著書に『4522敗の記憶 ホエールズ&ベイスターズ涙の球団史』(双葉文庫)など。


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