競技生活8年でオリンピック代表となり、
さらに、高みを目指して歩み続ける。
“京大出身の秀才アスリート”となるまでの歩み
2021年2月21日に開催された第104回日本陸上競技選手権大会20キロ競歩において、前年に続いて優勝を果たした山西利和選手。1時間17分20秒という大会新記録での連覇であったが、本人はこの記録には決して満足していない。ただ、「『勝負に勝つ』という目標は果たせた」と振り返る。「レース全体を見て、集団の中でどう立ち回り、主導権を握れるか。この大会では自分でレースを作っていけた」と、次に向けての手応えを得たようだ。周囲が次に期待し、本人も意識しているのは、もちろん、東京オリンピックでの金メダル獲得である。
山西選手は中学時代から陸上部に所属していた。中長距離種目のトレーニングに励んでいたが、地区予選敗退レベルだったそうだ。競歩の道を歩み始めたのは、京都で進学校として知られる京都市立堀川高校に入学した高校1年の6月から。高校でも陸上部に入部し、1年先輩の競歩選手がインターハイ(全国高等学校総合体育大会)近畿予選に出場したのがきっかけだった。山西選手は「自分にもチャンスがあるのかな…と考えて(笑)」、彼が今も恩師と仰ぐ陸上部の顧問の先生に「競歩に関心がある」と伝えた。すると、競歩選手を1学年にひとりは置きたいと考えていた先生は、翌日には山西選手用に競歩の練習メニューを組んでいたという。自らを「ひとつのことに没頭しやすいタイプ」と分析する山西選手。真面目に練習メニューに取り組んでみるみる実力をつけた。高校2年でインターハイ2位となり、高校3年次には優勝する。さらには1万メートル競歩の日本代表として第8回世界ユース陸上競技選手権大会に出場し、日本人初となる金メダルを獲得! その2ヵ月後の2013年9月、『東京2020オリンピック開催決定』のニュースが日本を沸かせ、山西選手は将来のオリンピック出場を意識するようになった。ただし当時は進学校の受験生。「学業第一でなければ部活動は応援されない」という顧問の先生の方針で、それまで文武両道で励んできた山西選手は、世界ユース後は受験勉強に専念した。そして見事、京都大学工学部物理工学科への現役合格を決める。
2018年より愛知を拠点とし、2019年にオリンピック代表へ!
山西選手は、大学でも学業との両立を図りながら、競技力向上に取り組んだ。大学では陸連(日本陸上競技連盟)の合宿に参加した2、3年次の経験が印象深いという。「社会人を含めた陸連の合宿で、トップ選手と自分との差を確認できました」。『京大出身の秀才ウォーカー』として期待されながらも、2016年のリオデジャネイロオリンピック競歩代表に選ばれることはなかった。「正直、悔しかった。でも、どうしようもないくらい自分の力が足りなかった」。「ひたすら頑張るしかない」と覚悟を新たに、また自身の座右の銘である『継続は力なり』の言葉のままに、黙々と練習に励む。大学最終学年の2017年8月、台北で行われた第29回ユニバーシアード競技大会20キロ競歩で優勝し、卒業後は愛知製鋼に入社。2018年春から始まった実業団選手としての新生活でも、練習第一の真面目さは変わらず、「実はまだ、名古屋城に行けていないんです」と苦笑いする。
新拠点で着実に歩みを続けてきた山西選手は、2019年10月、ついに目標ゾーンに到達した。
東京オリンピック代表選考を兼ねた第17回世界陸上競技選手権大会・男子20キロ競歩。開催地のドーハは高温多湿で、レースには過酷な環境だった。その中で山西選手は、トップでゴールイン。世界選手権においてこの種目で日本人選手が金メダルを獲得するのは初のことであった。『勝負のレース』と位置づけていたという山西選手。優勝と代表決定は「もちろん嬉しかったですが、ホッとしました」。レース中は「どこでペースを上げるか、折り返しで他の選手との差を確認しながら考え進んだ」と、沈着冷静さをうかがわせる。
京大卒アスリートの肩書きやメガネの印象、クールなレース展開から『完璧主義者』と評されることが少なくない山西選手だが、本人は「パーフェクトを狙っているわけではない」と言う。「理想主義…というのも少し違う。理想を追うのが好きなんです」と自己分析してくれた。
最高のコンディションと万全の準備で臨むオリンピック
新型コロナウイルス感染症の影響により、東京2020オリンピック開催は1年延期となった。山西選手の思いは、「しょうがない」。後ろ向きに考えることはなかった。「東海市に練習拠点を置いているので、緊急事態宣言中は東京程の緊迫感はなく、人のいない一般道で、人のいない時間を見計らって、なんとか練習していました」。その成果のひとつが、冒頭の日本陸上競技選手権二連覇である。山西選手は「コンディションは、東京2020オリンピック日本代表を決めた2019年より、開催予定だった2020年より、2021年の今の方が良い」と言う。「でも、まだもの足りない。記録も、技術も、体力も」と、貪欲な挑戦意欲を見せる。地面からの反力の受け方や、身体の使い方など、「学ばねば!」という気持ちが大きいのだという。
競歩では、レースまでにどれだけ準備ができるかが勝敗を左右すると考える山西選手。ピラミッドに例えて「低層階が狭くて急勾配だと、不安定で崩れるリスクがある。低層階が幅広く取られていないと、高く安定した上段を積めません」という説明は、継続を力としてきた山西選手ならではだ。オリンピック本番に向けて「もう1、2段階高めたい。いかに尖らせるか、最後の微調整をして臨みたい」と現在の心持ちを語ってくれた。
山西選手に競歩の観戦ポイントをたずねると、「先頭集団は同じペースで進んでいるように見えて、前に出たり下がったり、相手にわざと前を歩かせたり、駆け引きをしています。心理戦を想像しながら見るのも楽しみ方のひとつ」と答えてくれた。
最後に、愛知についてお聞きすると、「『なごやめし』は好きですね。ガツンとボリューミーで、アスリートにはありがたいですね。東海市民のみなさんは、普段の練習中にも応援してくださって、とても嬉しいです」と感謝の気持ちを込めながら語ってくれた。
東京2020オリンピックの開幕まで残り5ヶ月を切った。着実に積み上げた練習の成果をオリンピックの舞台で発揮し、表彰台の1番高い位置で金メダルを掲げる山西選手の姿に期待したい。
やまにし としかず。1996年生まれ、京都府出身。高校から競歩を始め、3年次に第8回世界ユース陸上競技選手権で日本初の金メダルを獲得。京都大学進学後も文武両道を貫き、卒業した2018年春に愛知製鋼に入社。以後、愛知県で競技活動を続ける。2019年10月、ドーハで開催された第17回世界陸上競技選手権・男子20キロ競歩で日本人初となる優勝を果たし、東京2020オリンピック日本代表に内定。メダルが期待されるアスリートのひとり。
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